ルーツ
人形浄瑠璃のルーツは、「浄瑠璃」という語り芸。
それは1528年ごろに琵琶法師によって始まり、最初は琵琶を伴奏に語られていた。1570年に三味線が加わったことで、より表現豊かで魅力的な娯楽へと発展した。
その後、1596年~1615年ごろに、人形を使った娯楽である「傀儡(くぐつ)」と浄瑠璃が融合し、「人形浄瑠璃」が誕生した。
この時代は庶民文化が盛んになった時期であり、人形浄瑠璃も多くの人々に親しまれるようになった。
阿波・淡路地方と人形浄瑠璃
人形浄瑠璃は日本各地で楽しまれていたが、特に阿波(現在の徳島県)や淡路島が中心地として発展した。
その背景には、この地域を治めていた蜂須賀家の支援があり、人形浄瑠璃の公演が盛んに行われるようになった。
特に吉野川流域では、有料の舞台が多く建てられ、人形浄瑠璃が盛んに上演された。一方、農村地域では、村の共同体が寄付金を集め、神への奉納として舞台を行うことが多かった。
この影響で、阿波地方では「百姓座」と呼ばれる農民による劇団が生まれ、人形浄瑠璃が庶民の文化として根付いた。こうして、地域の人々の手によって伝統が守られ、長く愛される芸能となっていった。
衰退と再興
大正時代中期になると、映画やラジオといった新しい娯楽の登場により、人形浄瑠璃の人気は次第に低下した。さらに、戦争の影響で多くの劇団が解散し、存続の危機に陥った。
しかし、戦後になると徳島県で「阿波人形浄瑠璃振興会」が設立され、復興に向けた取り組みが始まった。地元住民の協力もあり、徐々に伝統が復活し、地域文化としての地位を回復した。そして1999年には「国指定重要無形民俗文化財」に認定され、現在もその伝統が受け継がれている。
